人工関節センター
現在日本全国で変形性関節症を患っているかたは125万人以上とも言われ、65歳以上の女性の3人に一人は関節痛に悩んでいるとも言われています。またロコモティブシンドロームの一つの要因となる変形性関節症は、悪くなれば日常生活に支障が出るだけでなく、糖尿病や高血圧など生活習慣病を含めたさまざまな病気を呼び込むことになりかねず、いわゆる「健康寿命」を短くさせてしまいます。
昨今、この変形性関節症の治療に大きな役割を占めているものに人工関節置換術という方法があります。自分の傷んだ骨や軟骨を取り除き、金属やポリエチレンなどの人工物で関節を再建する方法です。人工関節は、関節鏡の発明とともに、20世紀における整形外科の最も輝かしい業績の一つといわれています。1800年代終盤に行われた中間層入膜による関節形成手術が人工膝関節の開発の始まりといわれています。その後、様々な素材や形状により開発がなされましたが、半世紀以上はなかなかうまくいきませんでした。せいぜい数ヶ月、もって2年という程度でした。しかし、1960年代に英国のSir John Charnleyが、high density polyethylene (HDP)と金属を用い、骨セメント(polymethyl methacrylate; PMMA)を固定に使用した人工股関節の開発に成功し、このことが人工関節の開発・普及に大きな貢献を果たしました。Charnleyが開発した方法は、使い方によっては10年以上、なかには30年以上も持つかたもいました。
それでも私が医師に成り立てだった20数年前は、耐用年数の問題から、人生80年と考えて60歳以上になるまでは積極的に人工関節手術を勧めることはありませんでした。しかし現在では、人工膝関節、人工股関節ともに平均20年を越す耐用年数のものも珍しくなくなり、最初に「きちんとした手術」さえ受けていれば、万が一20年経過時に再置換が必要になっても、「きちんとした再置換手術」を行うことで、理論上40年を越して人工関節を使用することも不可能ではない時代になりました。
「きちんとした人工関節の手術」を受けていただくためには、今もなおその精度を上げるべく改良がなされています。切開する部分を適切に最小限にするMISや、人工関節を正確に設置するためのナビゲーションシステム、3次元立体モデルを使用した方法(PSI)、さらには生理的な関節の動きをさせるためのインプラントの改良(BCS-TKAやDual mobility THA)など、微に入り細に入り、医学の進歩とともに改良、工夫を行っています。
当院では平成30年4月より、人工関節をより専門的にうけていただくために「人工関節センター」を設置しました。悩ましい関節痛から劇的に解放されることを願って、人工関節を中心とした最適な治療方法を科学的根拠に基づいて選択し、幅広く提供してまいりたいと考えております。階段の上り下り、車の乗り降り、家事、買い物、お孫さんの世話、旅行や遠出など、関節を動かすことでつらいことがあれば、いつでもご相談ください。また人工関節の適応だけでなくても、適切な関節維持の方法などもアドバイスいたします。
(股関節、膝関節、肩関節、足関節、肘関節、などすべての関節に対応します。)
人工関節センター長 森 俊陽
治療方針の例
変形性股関節症
変形性股関節症では股関節の軟骨が摩り減って関節が変形していく病気です。はじめは股関節に時々痛みがある程度ですが、徐々に痛みを感じる時間は長くなり、徐々に歩けなくなります。靴下の着脱、足の爪切り、和式トイレの使用等も困難になります。
保存治療
痛み止めの内服と、杖の使用が効果的です。初期には股関節を支える力を落とさないようにするため、お尻(中殿筋)や体幹のトレーニングも必要です。
手術治療
病気が進み、痛みのコントロールがうまく出来なくなった時に手術治療をお勧めしています。変形して合わなくなった股関節の適合性を改善させる「骨切り術」と、人工の関節に置き換える「人工股関節置換術」という手術方法があります。どちらの手術でも関節の動きは改善され、痛みも改善されます。近年では、人工股関節全置換術を受けた95%以上の人が、少なくとも手術後15?20年間入れ替えの必要なく生活出来ます。当院では人工関節の経験豊富な医師が在籍するため、あらゆるアプローチ、手術法を選択でき、また症例に応じて皮膚や筋肉の切開部分が最小限になるよう低侵襲な人工関節置換術を心がけております。当院では簡易ナビゲーションシステムを導入し、症例に応じて使用しています。このシステムで、より正確な人工関節の設置が可能になります。また、人工股関節の合併症の一つである脱臼に対して、手術方法の工夫だけでなく、脱臼率の極めて少ないインプラント(Dual mobility construct)を取り入れることで限りなく脱臼率を下げるよう努めています。
当院の人工股関節について
人工股関節は、大きくは、臼蓋カップ、ポリエチレンライナー、骨頭ボール、大腿骨ステムから成り立ちます。臼蓋カップと大腿骨ステムは、特殊な表面加工された金属を直接骨に固着するように挿入します(セメントレス)。
現在使用している加工方法(プラズマスプレーコーティング)のものは、20年以上挿入されていても全く固着性の損失を認めません。現在20年以上の固着を観察しつづけています。
ポリエチレンライナーと骨頭ボールは、人間の正味の関節部分にあたり、摺動面と言われます。この部分の素材の組み合わせは、過去様々な試みがなされてきました。現在、主に使用される素材としては、骨頭ボールは金属(CoCr)かセラミックが主です。ライナー部分はポリエチレンかセラミックですが、現在最も多い組み合わせはポリエチレンライナーと金属もしくはセラミックです。金属と金属の組み合わせなども一時期多くありましたが、金属の摩耗や漏出のために生体に問題を生じるケースがあり、現在ではほとんど使用されなくなりました。この素材の選択は、人工関節の寿命を決める最も大きな要因とされています。
アプローチ
人工股関節の手術方法には様々な進入方法があります。大きくは後方アプローチと側方アプローチ、前方アプローチがあります。手術のしやすさ、術者の習熟度など、それぞれの術者でいろいろ繁用する方法は異なりますし、それぞれに利点欠点があります。
当院では主に側方(もしくは前方)アプローチを採用しています。後述する脱臼という合併症の観点からすると、側方アプローチが脱臼しにくいと多くの論文をまとめた解析・報告があります。筋腱温存しつつ、脱臼しにくいアプローチとして採用しています。
インプラントの選択(ステム)
骨に設置するインプラントは主に寛骨臼側と大腿骨側に別れます。大腿骨に挿入するステムにもいろいろな種類(デザイン)と、2つの固定方法があります。
固定方法にはセメントを使用するか、セメントを使用せず、金属表面の加工により直接骨と固着させる方法(セメントレス)があります。セメントはCharnleyの人工股関節の開発・成功に大きな貢献を果たし、中には30年近く使用できているものもあります(1)が、術者の技量による部分が大きいのが難点です。
セメントレスは、術者の技量の差は出にくいですが、骨の形態や骨質が手術の成否や長期成績に依存することがあります。現在使用されているセメントレスステムはほぼ20年以上の良好な固着性を維持できるようになってきているようです。我々が使用し観察をつづけているものも、現時点では固着性に一向に問題が出てきておらず、骨質に問題がなければ、まだまだ使用可能なようです。
上述のようにステムの種類(デザイン)は骨形態や骨質に依存するため、場合により選択する機種を変えることがあります。通常は大腿骨の頭側1/3程度に挿入されますが、長年大腿骨にステムが入っていると、荷重の大腿骨に対する応力分散が独特の様相を呈してきます。それは、主にステムの下側1/2~1/4部分にばかり応力が集中し、その周りの骨だけ強固、肥厚してきます。逆にその部分より上側には力がかからなくなるため、骨が痩せてきます(ストレスシールディング)この現象は、現在の大腿骨にステムを挿入する人工股関節では回避不可能であり、そのため我々は出来る限りストレスシールディングの起こる範囲を狭くしつつ、強固に固着するようなデザインを使用することで、可能な限り骨を温存することを心がけています。20年前にくらべれば、現在使用しているデザインは1/3?1/2程度まで小さくなっています。
インプラントの選択(カップ)
骨盤(寛骨臼)側にはカップを設置します。大腿骨と同じく、固定方法にはセメント使用と、使用しないセメントレスがあります。骨盤側の固定のセメントカップの成績はステムほど良くないため(2)、セメントレスカップが多く使用されます。
当院ではカップの固定に スクリューを可能な限り使用しないようにし(スクリューレス) 、初期固定性に難があるときのみ、スクリューを使用するようにしています。スクリューの使用は初期固定性を担保してくれますので、手術するものにとっては安心なのですが、再置換の際、スクリューを外そうと思ってもスクリューのネジ穴が潰れていて手術に難渋することとか、スクリュー挿入手技に伴う骨盤内血管損傷の可能性などを考えて、極力スクリューを使用しないようにしています。そのかわりカップに小さなフィンがついたデザインを使用することや、はめ込む骨の採掘処理をわずかに小さくすることで窮屈にはめ込む(プレスフィット)ことで、初期の固定性を担保しています。
摺動面の選択
人工関節の部品同士が接しつつも動く部分を、摺動面と言います。上述のように、この部分にどのような素材を使用するかは、人工関節の寿命を決めると言っても過言ではない最も重要な部分です。骨頭ボールはセラミック、金属(CoCr)、ライナー部分にはポリエチレン、セラミック、金属があります。Charnleyの人工股関節の開発・成功に大きく貢献した要因の一つにポリエチレンの採用がありました。しかし、当初のポリエチレンと金属の摺動面では、徐々にポリエチレンを摩耗し、この摩耗片が人工関節周囲の骨溶解をおこす(3,4)ことが徐々にわかってきました。その後改良が加えられ、放射線処理などを施すことにより、ポリエチレンの強度は上がり、日本でも2003年頃から発売されたHighly Cross-linked polyethylene(HXLPE)は摩耗量が減り、明らかに臨床成績を向上させています。(5-7)現在では、更に生体の酸化ストレスからくるポリエチレンの劣化の影響を受けにくくさせるため、ポリエチレン自体にビタミンEを含浸させ、より長くポリエチレンの強度が落ちないように工夫されたものも使用されるようになっています。
金属と金属の組み合わせは一時期多く使われましたが、金属の摩耗や漏出が生体に問題を生じるケースがあり、現在ではほとんど使用されなくなりました。
現在、主に当院で使用している素材は、骨頭ボールはセラミック(もしくは金属(CoCr))、ライナー部分はポリエチレンです。
脱臼の問題
人工股関節置換術にまつわる手術時期を含めた問題点、合併症はいくつかありますが、特有、かつ解決されていない問題として、人工股関節の脱臼があります。一度脱臼を起こすと習慣性、いわゆるくせになる可能性があります。脱臼すると突然の痛みとともに歩けなくなり、救急搬送を余儀なくされ、病院で整復する必要が生じます。またその後の生活も、また脱臼するのではないかと、非常に不安を持ちながら送ることにもなりかねず、快適な人工股関節の生活が損なわれてしまいます。当院では、この問題をできるだけ起こさないような対策を取っています。
1つ目は、上記に示しました手術アプローチの選択です。
2つ目は、人工関節のデザインの選択です。現時点で明らかになっているものとして、骨頭の大きさとデザイン自体が持つ動く範囲は、脱臼に影響します。しかし、現在多用されている人工股関節では、動く範囲(oscillation angle)には限界があります。そこで、動く部分(摺動面)を2つ設けることで、この動く範囲を大きくすることができます。完全に脱臼がなくなるわけではありませんが、過去の報告の解析から、脱臼の確率が低下したとされています。(8)当然ながら、特有の問題(intra-prosthetic dislocation)や、通常の方法とは注意すべき点が変わるなど、新たな問題点はありますが、脱臼のリスクがさがり、totalでの合併症の発生率がさがるならば、ベネフィットがあると考え採用しています。
3つ目は、骨盤、大腿骨さらには脊椎を含めた生体の動き(可動性)です。このことはまだまだ未解明のことが多く、さらに個人差が大きいため、手術ごとに検討されなければなりません。当院での対策として、手術前の患者さんのCTデータを活用して、想定したインプラント設置位置から股関節の動作シミュレーションを行い、骨やインプラントがぶつかって脱臼する動きをしないか、確認しています。(9) 4つ目は、人工股関節を使用する患者さん自身にどのような動きをしたら脱臼しやすいかを知っていただくことです。これが、何よりも一番の脱臼の予防方法になります。最近は上記のような機械や手術方法の改良に伴い、以前ほど脱臼する確率が減ってきたため、このような情報提供をされない、問題視しない医師も出てきました。しかし、報告されている確率、あるいは理論上もそうですが、絶対脱臼しない、脱臼0%ということは決して言えません。そのためには、有効な方法は一つでも取っておいたほうがよいと私達は考えています。
当院では手術の前後に患者様(およびご家族にも)どのような脚の格好が脱臼しやすいのかを知っていただくために、動画で説明し、勉強していただいています。
参考文献
- 嶋津大輔, 森俊陽,他 若年者 (50歳以下) に対するCharnley型人工股関節全置換術の長期成 整形外科と災害外科 64(4): 711-714, 2015.
- 辻村良賢, 森俊陽,他 Charnley型人工股関節全置換術の長期成績 - 臼蓋側と大腿骨側のインプラント固着性の比較 -整形外科と災害外科 64(4): 708-710, 2015.
- Dumbleton JH, Manley MT, Edidin AA. A literature review of the association between wear rate and osteolysis in total hip arthroplasty. J Arthroplasty 2002 17:649-61.
- Orishimo KF, Claus AM, Sychterz CJ, et al. Relationship between poly- ethylene wear and osteolysis in hips witha second-generation porous-coated cementless cup after seven years of follow-up. J Bone Joint Surg Am 2003 85- A:1095-9.
- Tsukamoto M, Mori T, et al. Highly Cross-Linked Polyethylene Reduces Osteolysis Incidence and Wear-Related Reoperation Rate in Cementless Total Hip Arthroplasty Compared with Conventional Polyethylene at a Mean 12-Year Follow-Up. J Arthroplasty. 2017 Dec;32(12):3771-3776.
- Devane PA, et al. Highly Cross-Linked Polyethylene Reduces Wear and Revision Rates in Total Hip Arthroplasty: A 10-Year Double-Blinded Randomized Controlled Trial. J Bone Joint Surg Am. 2017 Oct 18;99(20):1703-1714.
- Mori T, Tsukamoto M. Highly cross-linked polyethylene in total hip arthroplasty, present and future. Ann Joint 2018 3:67-69.
変形性膝関節症
変形性膝関節症も膝関節の軟骨が摩り減って関節が変形していく病気です。はじめは膝に時々痛みがある程度で、徐々に正座や階段昇降、椅子から立ち上がる際に痛みを感じるようになります。経過とともに痛みを感じる時間が長くなり、徐々に歩けなくなります。足も曲がって、O脚になっていきます。
保存的治療
膝関節への負担を減らす体重コントロールと、膝関節周囲の筋力訓練、足底板やサポーターなどの装具療法などがあります。痛み止めの内服や関節内へのヒアルロン酸の注入も有効です。
手術的治療
膝の部分で骨を切って傾きを調整することで、O脚になった下肢の荷重バランスを変え、痛みを改善させる「骨切り術」と、膝関節の傷んだ一部分だけ人工の関節に置き換える「人工膝関節単顆置換術」、さらには膝関節表面の全部を人工の関節に置き換える「人工膝関節全置換術」という方法があります。活動性や膝の状態など、患者さんの状態に合わせて、最適な方法を選択します。どの手術でも関節の動きが改善され、痛みが改善されます。近年では、人工膝関節全置換術を受けた多くの方が、手術後15年間以上入れ替えの必要なく生活されています。当院では、患者さんの膝のCTまたはMRIを利用して、患者様一人ひとりの形にあった手術ガイドを作成し、術中にその手術ガイド(患者適合型手術支援ガイド)を使用することでより正確な手術を行う手技(PSI; Patient Specific Instrumentation)を導入しています。
変形性足関節症
変形性足関節症も膝関節や股関節と同じく、軟骨が摩り減って関節が変形していく病気です。若いときに捻挫を繰り返していたのち、徐々に痛みが出てくることがあります。次第に正座や階段昇降、歩行に痛みを感じるようになります。
保存的治療
痛み止めの内服とともに、膝関節と同様で負担を減らす体重コントロールと、足関節周囲の筋力訓練、サポーターなどの装具療法などがあります。
手術的治療
足関節(距腿関節)表面を人工の関節に置き換える「人工足関節全置換術」という方法があります。これまでは股関節や膝関節ほどの長期成績が報告されていなかったため、関節固定術が主に行われてきました。近年、足関節の形状に合わせたデザインで、骨金属接合面の改良がなされた人工足関節が日本でも使用できるようになりました。当院では新しい人工足関節を積極的に導入し、より生理的な歩行様式を再現できる治療を目指しています
関節の老化は、40歳頃にはすでに始まるとも言われています。
また現在日本全国で関節症を患っている方は125万人以上おり、65歳以上の女性の3人に一人は関節痛に悩んでいるとも言われています。(厚生労働省調べ)
ロコモティブシンドロームの原因の一つである関節症は、悪くなれば日常生活に支障が出るだけでなく、内科的な疾患を呼び込むことになりかねず、いわゆる「健康寿命」を短くさせてしまいます。
階段の上り下り、車の乗り降り、家事、買い物、お孫さんの世話、旅行や遠出など、関節を動かすことでつらいことがあれば、いつでもご相談ください。
人工関節の適応ではなくとも、適切な関節維持の方法をアドバイス致します。